私のところには、保護者からお子さまについての悩みが多く寄せられます。「成績が振るわない」や「勉強をしない」などの相談が多くを占めますが、「将来は子供に医師になってほしいのですけれど…」「息子はサッカー選手になりたいようで…」「1人娘ですが、病院を継いでもらわないと…」など、最初の段階で悩みを抱えている方も多くいます。特に開業医の後継者問題は深刻だと思います。自分が苦労をして築き上げた病院は、できれば自分の子供へ継いでほしいと考えるのは当然のことだと思います。
そこで「自分の子供の関心を医学部進学に向けるためには?」についてお伝えします。
医学志望を考えるのは早いほどよい!
医師になるためには、大学受験の中では最難関といってもよい医学部へ合格しなければなりませんが、それ以前に子供自身が「医師になるのだ!」という強い気持ちが大切です。まずはここが第一関門でしょう。
「医師になりたい!」という気持ちが強ければ強いほど、これがモチベーションとなって受験勉強にも力が入り、合格可能性が高まることは、これまでの生徒指導の経験上、とても感じています。
高3に進級してから、または浪人してから、「医師になりたい!」と思っても遅いかもしれません。高2や高3に進級する時に、文系クラスを選択した後に後悔をする人もいます。昨年、私がメディカルラボで授業を担当した浪人生で、文系クラスに進学した生徒がいました。進学校に通っていた彼女は、文系クラスでは常に成績は上位でした。ところが、高3の夏休み頃に医学部に進学したいと思うようになり、独学で数学Ⅲや理科の勉強をしましたが、医学部は全て不合格となり1年間の浪人生活を余儀なくされました。この1年間は、医学部入試で求められる受験数学の得点が伸びず、受験直前まで苦労をしていました。英語が得意だったことと、途中から彼女の学力特性に合った私立大学に目標を定めたために、何とか2大学の最終合格をつかむことができました。このようなケースの場合には、通常だと2年以上の浪人生活を送ることが多いです。もし、文理選択で理系を選択していたら、第1志望の国立大学医学部に合格していた可能性は高いと思います。
とにかく現役で医学部に合格をするためには、早ければ早いほど、医師を目指す決意をした方がいいと思います。
私はメディカルラボで、面接授業を担当していますが、最初の授業で「医師になりたいと思い始めた時期」について質問をします。小学生の間に将来は医師になることを考えていた生徒が多くいます。昔は、保護者が医師で、その仕事をする姿に影響を受けた生徒が多かったと思いますが、今は保護者が一般家庭の場合も多くあります。また、医学部への合格実績が高い高校に通っている場合に、周りの友人の影響を受けて医師になりたいと考える生徒もいます。私も年に数回は高校の依頼を受けて、定期的に職業選択に関する講演会を行ないますが、これに刺激を受けて医学部を意識するようになる生徒もいます。
さて、保護者から子供へ「医学部に行け」「病院を継げ」と口癖のように言うことは、逆効果になる可能性が高いことは想像できるかと思います。
お金をかけずに保護者ができること
保護者として何ができるのかをお伝えします。
①「保護者が医学部受験の知識を持つ!」
②「医療・医学に関する情報を日常生活に取り入れる!」
③「オープンキャンパスに参加する!」
④「保護者は自分の経験を押し付けない!」
他にもありますが、お金や時間をそれほどかけずにできることを4つだけ並べてみました。この4つについて少し解説をします。
保護者が医学部受験の知識を持つ!
まずは、昔より格段に医学部合格が難しくなっていることを、保護者は理解する必要があります。特に私立大学医学部でも、どこも偏差値65を超えるほどに難化しています。これは、早慶の理工系学部と同等かそれ以上に難しいと考えてください。(偏差値は河合塾全統模試)昔のように「国公立がダメなら私立」はほとんど通用しません。
受験システムも変化しており、学力以外にも戦略が必要となります。例えば、受験校選択や受験する大学数、受験日程や試験方式などは、とても複雑化しており、これらが大きく合否に影響します。推薦入試なども保護者の時代とは大きく変化しています。共通1次もセンター試験もありません。幾つかの私立大学は、6年間の総学費が国公立大学に進学するよりも安くなる場合があります。
これらの医学部受験に特化した知識や情報は、受験情報誌や予備校の講演会・ネット情報で収集できます。また、大型書店やamazonなどで検索すれば、医学部受験に関する書籍がたくさん発行されています。
私が勤務するメディカルラボでは、年に4〜5回、医学部志願者とその保護者向けの講演会を全国で実施しており、保護者の参加数が大半を占めることもしばしばあります。
医学部受験は保護者も一緒に考えなければならない時代になったと言っていいでしょう。
親子で受験の話をする時に、保護者に受験の知識や情報があることは、子どもにとっても頼もしいと感じることでしょう。子どもに「医学部のことを何も知らないくせに、勉強のことばかり言って!」と思われないようにしなければなりません。
医療・医学に関する情報を日常生活に取り入れる!
子どもが医療へ興味を持つためには、幼い頃から何らかの方法で医療と接する機会を作ることが必要となります。私が子どもの頃と比較して、テレビで医師を主人公にしたドラマや医療を題材にしたドキュメンタリーが頻繁に放映されています。ここ最近だと「コード・ブルー」や「ドクターX」、「医龍」「A LIFE」など高視聴率のドラマは記憶に新しい人もいると思います。私は「Dr.コトー診療所」を観て、離島医療について学びました。
また、ここ1年間は、コロナウイルスに関するニュースが報道されない日はありません。山中先生のiPS細胞や大村先生のイベルメクチンなど、医療に関するニュースも多くあります。
明らかに医師の役割や仕事と結びつくことに触れる機会が多くなっています。このことは、開業医以外の一般家庭の子どもが医学部を目指す大きなきっかけにもなっています。
子どもが小さな時期から一緒に医療ドラマを見たり、医療ニュースについての話をする機会を、意識してつくってほしいと思います。
また、保護者が医師の場合、子どもと一緒にいる時の夫婦の会話も、意識して医療のことを話すように心掛けていた家庭もありました。「今日、退院したAさん、奇跡的に回復してくれて、本人とご家族が涙を流しながらとても喜んでくれたよ。医者をやっていてよかった」などの会話が日々の生活で交わされていたと思います。
ここで述べたことは、子どもが小さな頃からでも可能で、いわゆる「刷り込み」と言ってよいかもしれませんが、あまりにも繰り返して頻繁に行うと拒否反応が起こる可能性もあるので、子どもの様子を見ながら行う必要があります。
オーブンキャンパスに参加する!
これまで私は、オープンキャンパス(以下、OC)への参加をお薦めしてきました。保護者、兄弟などの家族が「医学部をめざそう」と言うより、第三者の方が説得力のある場合もあります。
今はほぼ全ての医学部でもOCが実施されていますが、どの大学も、工夫を凝らしたさまざまなプログラムを用意しています。大学の先生だけでなく現役医学部生も加わり、入試のこと、受験勉強のこと、授業のこと、楽しいキャンパスライフのことを熱く語ってくれます。インスタ映えするカフェテリアで食事ができるかもしれません。医学部進学にそれほど興味のない生徒でも、十分に楽しめると思います。OCへの参加は、医学部への興味をかきたてる可能性が高いのです。
例えば、「高校生の長男と母親が一緒に参加したオープンキャンパスに、次男も連れて行ったら、その後、次男が自発的に医学部を目指すようになった」や「高校の友人に誘われて、付き合いで参加したのがきっかけで、医学部志望に変わった」という例もあります。
医学部入試では、願書提出の際に「志望動機書」の提出が求められます。また、面接試験も実施されます。これらの話題づくりのためにもOCに参加をして、大学の先生や医学生と積極的に関わりを持つことは、医学部合格への強力な武器となります。北海道在住の受験生が福岡の医学部を受験する場合に、面接官から「なぜ、北海道から受験したのか?」と質問された場合など、OCに参加していれば返答には説得力が出てきます。
ただし、昨年は、コロナウイルス感染症の影響で、ほとんどの大学がOCを取りやめました。その代わりに、それらの大学の多くがインターネットを利用したOCを実施しました。映像動画をたくさん取り入れたり、ZOOMなどを利用したりして、大学の先生方と参加者が直接話や質問をできる大学もあり、また、アーカイブとして長い期間、いつでも何度でも見ることができる大学もありました。OCは、毎年7〜8月を中心に実施されますが、2021年度は直接キャンパスに足を運ぶ形式になるのか、昨年同様にインターネット利用になるのかは、今のところは分かりません。
どのような形式で実施されるにせよ、興味がある大学の医学部のOCには、保護者が子供を誘って参加しましょう。
保護者は自分の経験を押し付けない!
ここまでは、保護者が子供に医学部受験に関する何らかの働き掛けをすることについてお伝えしました。最後は、逆に何もしないことついてお話しします。正確に言えば「あたたかく見守り、追い込まないこと」ことについてです。
昔からよくあることですが、受験が近づくに連れて受験生よりも保護者の方が神経質になってしまい、受験生が家庭での居場所を失い、中には医学部進学を諦める場合もあります。保護者の神経質な状況は、ほぼ子どもに伝わっていると考えて良いでしょう。
まず保護者は医学部を受験するのが子どもであることを自覚し、規則正しく日々の生活を送れるように充実させることが何よりも大切なことです。アドラー心理学では「課題の分離」で説明ができます。
模試の成績が振るわない場合は、保護者として何か一言二言、子どもに言いたくなるのが常です。もし本当に本人が医学部を目指しているのなら、当の本人が一番悩んで反省をしている可能性も高いです。
志望校選択や模試成績の結果分析、勉強方法について、今後にプラスとなる具体的で的確なアドバイスをできる保護者はほとんどいないと思います。また、保護者の中には自分が受験生だった頃の話をして、子どもとの溝を広げる人もいます。上記の「保護者が現在の医学部受験の知識を持つ」でお伝えした通り、受験を取り巻く状況は変化しています。模試成績の分析や勉強法などの専門的な指導は、高校や予備校の先生の役割となり、先生と保護者が連絡を取り合うことで、物事が円滑に進むことが多いように感じます。ほとんど医学部進学者のいない高校に通っている場合は、医系予備校の先生の指導が必要になります。
毎年、医学部に合格をした生徒に、「保護者がやってくれたことで感謝していること」を尋ねると、多くの生徒が、「毎日の手作りの温かい食事」や「夜食の準備」、「予備校への送り迎え」「朝起こしてくれたこと」などを口にします。特に、受験期直前はとてもデリケートな時期のために余計なことを言わず、「あたたかく見守り、追い込まないこと」が、受験期を親子で乗り切る最良の方法ではないかと思います。