医学部合格ストーリー | 医学部受験ラボ

中弛みを乗り越えるのも自分次第!勉強をする環境に身を置くことがモチベーション維持の秘訣

作成者: 医学部受験ラボ|2020年01月14日

苦手科目の克服 / 予備校選び / 受験生へメッセージ / 一日のスケジュール / 受験校選定 / モチベーション / ライバル

東京女子医科大学2年生 M.Nさん
1浪を経て合格

根を詰めて勉強をしたはいいものの、その反動で起きる中弛みを経験した受験生も多いのではないでしょうか?今回の「合格ストーリー」でご紹介するのは、東京女子医科大学2年生のM.Nさんです。1年の浪人生活を経験した後に見事合格を果たした彼女ですが、夏が終わった後も長く続く受験勉強に対しての中弛みを浪人中に経験したと話しています。彼女はどのようにして勉強へのモチベーションを保ち続けたのでしょうか?その方法について詳しくお聞きしてきました。

医学部を目指すようになったのはいつ頃ですか?

高校1年生の冬に進路を決める作文を書く機会があったのですが、それまでぼんやりと考えていた医師への憧れを文字にすることで意思が固まりました。両親が医師で、父が夜に呼ばれて病院に向かう姿を見ていたりして身近には感じていましたが、作文を書くまでは「自分の体の中で、実際に起こっていることを学べるのは楽しいだろうな」「興味のあることを学んで人の役に立てたらいいな」と思う程度でした。塾に通い始めたのは高校2年生の春からで、両親にも相談しましたが、基本は自分で考えて、駿台の藤沢校を選びました。

医師になりたいと伝えた時のご両親の反応はどうでしたか?

喜んでくれましたね。「大変だけど、やりがいのある仕事だよ」と言われました。浪人が決まった時も理解を示してくれたので、プレッシャーは少ない方だったと思います。

浪人時代の1日の平均的なスケジュールを教えてください。

朝は計算がいいと聞いていたのと、計算ミスが多かったので、まずは6時に起きて30分ほど数Ⅲの計算をやっていました。これは現役時代も同じです。その後、8時15分から16時半までが予備校の授業で、その後は駿台の自習室で21時までその日の授業の復習や次の日の予習を行い、帰ってからは寝る前の23時〜24時に勉強していました。

現役時代と浪人時代で通う予備校に変化はありましたか?

両方駿台に通っていましたが、浪人が決まってからは、アットホームな雰囲気だった藤沢校から、より規模の大きい横浜校に変えました。現役の時は週に2回、英語と物理を選択して授業を受けていましたが、浪人時は苦手な物理と化学を伸ばすために私立医学部コースに入り、英語・数学・物理・化学を中心とした勉強を始めました。

急に予備校漬けになることに身構えてはいたのですが、いざ始まってみると想像していたほどハードとは感じませんでした。1年間限定の学校のような感覚でしたし、周りの人たちも意識を高く持って勉強していたので、ライバルとしてお互いに張り合いが持てたと思います。大きい自習室にみんなで集まって勉強しているのですが、寝たりサボったりすると当然人目につきます。それがお互いの刺激になり、長時間勉強をするモチベーションに繋がったのかもしれません。1人では1年間頑張ろうという気持ちは持続しなかったと思いますね。

苦手科目はどのように克服しましたか?

「駿台のテキストだけやっていれば大丈夫」と先生から言われていたので、駿台のテキストを何周もしました。「物理のエッセンス」をたまに見返すこともありましたが、手を広げ過ぎるのは良くないかなと思い、エッセンスや補助的なものは最低限に控えるようにしていました。その他の問題集はあまり見ていません。集団授業なので授業中に分からないことは後から先生に質問に行かないといけないのですが、積極的に質問に行くことで理解が進んだ実感もありました。

学力はどれくらい伸びましたか?

現役時代は理科が圧倒的に弱かったんですが、夏までに絶対に成績を伸ばしたい、と意識してやってみると割と伸びましたね。模試によって違いますが、駿台の模試で55から60台まで上がり、英語と数学とほぼ並びました。やってみて思ったのは、理科の方が英語と数学よりも伸びやすいということです。英語と数学は積み重ねで結果を出す科目ですが、理科は暗記や公式が主で、問題集を繰り返しこなしていると類題が何度も出てくるので、必然的に解けるようになるんです。

夏前の模試の結果が振るわず、9月・10月の模試が連続する時期に結果がちゃんと出るか不安だったものの、「駿台のテキストをやればいい」という先生の言葉を信じてやったことが伸びに繋がりました。当時は本当にこれで結果が出るのか自分でも分かりませんでしたが、夏休みまでテキストを何周もやっていると、少しずつ解ける問題が増えていき手ごたえを感じるようになっていきました。

とにかく手を広げ過ぎずに、ぶれることなく勉強をするのが大事だなと思いました。
現役の時はどこまでやれば受かるのかも分からなかったですし、何をやればいいかは自分の中で全く安定していなかったですね。

大学はどのように決めましたか?

現役時代と浪人時代では目指した大学に大きな違いはありませんが、現役時代は偏差値や実家から通える範囲かどうか、あとは試験の日程などを考慮し、関東圏内の大学を中心に受験していました。浪人時代は受かった医学部に行くという気持ちで、私立を片っ端から受けましたね。実際に受験したのは、東京女子医科大学、東邦大学、昭和大学、日本医科大学、順天堂大学、北里大学、国際医療福祉大学等です。また、現役の時とは違って時間の余裕があったので、基礎固めの意味も含めて、東海大学、杏林大学、獨協医科大学のセンター利用も受験しました。

現役時代と浪人時代で、受験後の手応えに違いはありましたか?

現役時代は理科が追いついていない状態だったので、自己採点の段階でも全然できていなかったです。「受かる」感覚が分からないということもありましたが、手応えはなかったですね。これはどうなんだろう?という気持ちでした。
浪人時代は割と手応えがありましたし、手応えを感じた大学は大体合格していました。1年でだいぶ感覚が掴めるようになっていたんだと思います。センター試験でも高得点が取れたので、その後の試験に気分良く入っていくことができました。

途中で勉強が嫌になる時期はありましたか?

受験生は夏が山場で勉強する時間がたくさんあるので、「ここで頑張らないといけないよ」と進路アドバイザーの方からも言われていました。ただ、私はそこで燃え尽きてしまったのか、夏が終わってもまだまだ先が長いと感じてしまい、秋頃はやる気が出ない時もありました。ただ、気持ちは重かったですが自習室に行けば勉強をやる他ないので、その環境に自分を置くことでなんとか乗り越えることができたんです。そのため、この中弛みの時期も勉強時間は変わっていません。家に籠っていたら勉強はしなかったでしょうし、勉強しなければ罪悪感も大きかったと思います。

最後に、受験生にアドバイスをお願いします。

中途半端な気持ちで医学部を目指そうと思っていたら、中弛みの時期に折れて諦めていただろうなと思います。本当に医師になりたいという気持ちを一度整理してみて、明確な目標があれば頑張れるはずです。やる気が出ない時は、自分が将来医師になった姿や医学部の大学生活を楽しんでいる姿をイメージして頑張ってください!